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りらっくママの日々

りらっくママの日々

「歩く男と犬と猫」

「歩く男と犬と猫」

あるところに、歩く男がいた。

男は必ず犬を連れて歩いた。
この犬は大きくて力強くて、歩く速度も丁度良く、
時々適度に話しかけてきた。
男は犬がいることが当然なことだと思っていた。

だが、
ある日、その犬は死んでしまった。
寿命だった。

男は歩きたかった。
それでまた犬を手に入れた。

次の犬は美しく、歩く速度も丁度いい。
けど何か物足りなかった。
こちらから話しかけないと話してこない犬だった。

以前の犬ならもっと話してきてくれたのに。

仕方なく男は自分から会話を作る努力をした。
美しい犬はそれでも心を揺さぶるような返事をしなかった。
男はそのうち、それが普通のことと思うようになった。
無駄に口をきかないのも悪くない。

だが、ようやくそんな日常に慣れたのに、
美しい犬も死んでしまった。
寿命だった。

男は歩きたかった。
それでまた犬を手に入れた。

次の犬はとにかく外に出たがる犬だった。
小さくてチョロチョロとして、走れ走れとうるさい。

以前の犬ならこんなに疲れなかったのに。

仕方なく男は犬に合わせて走った。
でも疲れてヘトヘトになってしまった。
会話を楽しむような余裕はなかった。

男はそのうち、その散歩が普通のことと思うようになった。
走って相手に振り回されるのも悪くない。

だが、ようやくそんな日常に慣れたのに、
小さい犬は死んでしまった。
寿命だった。

男は歩きたかった。
今度はどんな犬と歩こうかと思った。

が、
男の隣で猫が鳴いた。

猫でもいいかと男は思った。
猫は家で眠りたがっていた。

「散歩?私の散歩にアンタついてこれるの?」

猫は男のペースなんかにお構い無しで、
勝手に壁に上り、屋根に上り、
そのままどこかへ去ってしまった。

男は仕方無く一人で歩いた。
家に帰ると猫が待っていた。

「どうしていっしょに歩いてくれないんだよ?」

「仕方無いじゃない?
私猫なんだもの。
いっしょに歩きたいなら犬と歩きなよ。」

男は諦めてまた犬を手に入れた。
その犬はよそ見ばかりしている犬だった。
蝶をみつけては追いかけ、
他の犬をみかけては吠えた。

楽しそうに見えたけど、
これでは男といっしょに歩けない。

男は要求した。
同じペースで歩いてくれ。
たまには話しかけてくれ。

「はい、わかりました。」

犬はそう返事をして、
男の要求に忠実に従った。

男は満足した。
そしてそれが当然のことだと思うようになった。

犬はよそ見がしたかった。
だけど男のために我慢した。
男が喜ぶ顔が見たかったから。

「ねえ、アンタそれでいいの?
ホントは違う歩き方したいんじゃないの?」

猫が犬に聞いてみた。

「いいんだ。
彼が嬉しそうだと、私も嬉しいから。」

猫は溜息をついた。

「私はそんな生き方まっぴら」

でも猫は忠実な犬を好きになった。

男も忠実な犬が好きだった。
忠実な犬と歩くと居心地が良かった。
けれど、忠実な犬は病気になった。

「ほーら、アンタこんな最期で良かったワケ?」

猫が犬に言った。

「いいんだ。
私は彼が好きだから。」

犬は幸せそうに男の腕の中で死んでいった。
猫は溜息をついた。

「アンタはいいわね。犬だから。」

男は歩かなくなった。
そんな姿を猫は今まで見たことがなかった。

私が犬なら良かったのかもしれない。

猫は男を見てそう思った。
そして、男の隣にくっついて眠った。
猫がそんなことをするのは初めてだった。

以来猫はずっと男の隣で眠った。
男は猫の頭を撫でた。
月を見て、
死んでいった犬たちのことを思った。

暖かい朝、男は靴紐を結んだ。

「あら?今日は一人で歩くんですか?」

猫が聞いた。

「うん。なんとなくね。」

「私がいっしょに歩きましょうか?」

「いや、キミは猫だからついて行けないよ。」

「じゃあ私と何でいっしょにいるんですか?」

「キミが家にいると思うと帰ろうと思うから。」

猫は微笑んで丸くなり、眠った。

猫は猫のままでいいのだと思った。


男は歩いた。

隣に何もいないことが物足りなかった。

犬をまた手に入れるべきなんだろうか?

男はまだ歩きたいし、
まだこれから先も歩かなければならない。

「どうするかな…」

男は考える。
犬を手に入れるべきかどうか。

そして猫のためのエサを買った。


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